覚醒剤事件で起訴されている元タレントの酒井法子被告が、公判の中で語った「介護の仕事をしたい」という発言が、介護業界に一波乱起こしているようです。
「「介護を学びたい」。覚せい剤取締法違反(使用、所持)の罪に問われたタレント酒井法子被告(38)が法廷で述べた言葉に、介護の現場で働く人から違和感の声が上がっている。社会貢献への意思の表明か、更生へのアピールか。関係者の話を聞いた。
東京地裁で開かれた26日の初公判。酒井被告は「介護を学び、自分の仕事として生かしていきたい」と語った。所属していた芸能事務所副社長の勧めもあったという。
刑事裁判では被告の反省ぶりが量刑上、常に問題になる。こうした事件の弁護方針について、福岡県内のある弁護士は「言葉だけでなく、犯した罪と向き合わ せ、自分に足りなかったものを埋めるために今後どうするのかを具体的に語らせることが重要になる」と説明。そこで「介護」が出てきたとみる。
介護の現場はどう受け止めているのか。
酒井被告の出身地・福岡市。「反省のポーズのためなら心外です」と話すのは、特別養護老人ホームに勤務するケアマネジャー米村泰隆さん(33)。 介護福祉士の資格を得るだけでも一般には3年以上かかる。「介護の仕事を家事の延長のようにとらえ、簡単にできると誤解している人が多い。相手の意向をく んでいく誠実さに加えて、体の状態に対応する専門的な知識が必要」
別の特別養護老人ホームの施設長も「人の命を預かる私たちの仕事はそんなに甘くない」という。「酒井被告の更生も大事だが、採用するのは難しい。それでも、言葉の通りなら本気で取り組んで欲しい」と話している。(朝日新聞 2009.10.27 17:00)」
「酒井法子、介護ナメてるのか!? 「裁判対策」と断罪の声も」
「<テレビウォッチ>夫のような問題発言・行動もなく、酒井法子被告は法廷の場でも女優の資質をいかんなく発揮した。しかし、今後の進路として「介護の仕事をしたい」などと希望したことは、「唐突な感じがしますね」(赤江珠緒キャスター)と若干の物議を醸した。
ゲストの元麻薬Gメンの小林潔は「これは裁判対策で言ったんだろう。介護職は、芸能界にいた方が簡単にできるもんかと思います。執行猶予を取るための手段であろう」と、にべもなく切り捨てた。
作家の若一光司によれば、あるテレビ生番組では、この件でご意見を募集したところ、介護の現場の人たちから続々とFAXが届いたという。「介護の仕事を簡単に持ち出すな。自分たちは疲れても覚せい剤を使わないで頑張ってる」など怒りの声多数だったそうで。
「僕も聞いてて、(介護発言には)とても違和感を感じたんですよ」と裁判の被告の態度評価人で、裁判を傍聴した番組リポーターの 井口成人。「でも、こういう人が、いずれ芸能界に戻るにしても、生身の生活、苦しさを現場で汗を流して学ぶということも大事なことだなあと思います」。
もっともコメンテイターに近いリポーター、いやコメンテイターよりも多く意見を述べるリポーターは、誰よりも声を大にして訴えていた。今回のは被告に好意的な評価が下されたようだ。(J CASTテレビウォッチ 2009/10/27 12:17)」
mixiの介護職系コミュニティでも同じような意見は多いですね。
しかし、私はちょっと違和感を感じました。酒井法子被告に対してではなく、「介護の仕事」を聖職のように考えている人たちの意識に対してです。
これが「調理を学び、~」だったら、果たして「調理師」や「料理人」から同じような意見が寄せられたでしょうか?
「理・美容を学び、~」だったら?「簿記を学び、~」だったら?・・・
おそらく、これほどまでに攻撃的な意見は出なかったのではないでしょうか。
「介護の仕事」って、それほど立派なものなのでしょうか?介護職の驕りではありませんか?
以前、「「介護職」は“専門職”なんかじゃない!」という記事を書きましたが、私に言わせれば「未経験の家族だってできる仕事」でしかありませんし、職場によっては無資格でも働ける仕事です。つまり、特別な技術や才能が必要な専門職ではありません。
しかも、(現時点では)国家試験を受けることなく取得できる程度の資格に過ぎないのに、何を偉そうに語っているのでしょうね。
私だって時間と金さえあれば「介護福祉士」や「社会福祉士」、「ケアマネージャー」などの資格も取りたいですよ。資格がないと手を出せない仕事もありますし、同じ発言をしても、世間の信用度は違いますから・・・。
しかし、有資格者というだけの介護職が多い現実を見ると、「何を偉そうに・・・。勘違いしていませんか?」と言いたくなるんですよね。
余談ですが、こんなニュースもありました。
「覚せい剤取締法違反の罪に問われた女優・酒井法子被告(38)に、介護学校からラブコールが続々と寄せられていることが30日、分かった。
26日の初公判で「介護の仕事は、大変素晴らしい仕事。前向きに勉強していきたい」と宣言した酒井被告。このチャンスを、介護学校側が逃すはずがなかった。
酒井被告に介護の道を勧めた前所属事務所「サンミュージック」の相澤正久副社長(60)によると、初公判後、同副社長あてに介護学校からの入学案内がす でに約10通届いている。「日本介護福祉士養成施設協会」によれば、現在は介護職を志望する若者が少なく、生徒の確保に悩む介護専門学校などが多いとい う。酒井被告の更生の舞台に選ばれれば、この上ない宣伝効果が期待できる。
「資料には一つ一つ目を通しているが、候補は4校くらい」と相澤副社長。今後も入学案内が殺到しそうだが、願書の提出時期は「法子が勉強する気になって いるので早く出したいが、焦ることはない。判決後になるのでは」と、11月9日の公判で執行猶予判決が出た後になる見通し。
学校の選定は、本部が地方でも東京近郊にキャンパスがあり、通信制で在宅でも学べる点などを重視。酒井被告はパソコンで勉強することになりそうだが、相澤副社長は「(パソコンを)教える人もいるので大丈夫」と話した。(スポーツ報知 10.31 8:00)」
まぁ、こっちの方はわからないではありません。宣伝効果は高いですからね。しかし、実習や卒業後の就職となると、ちょっと難しいかもしれませんね。芸能系のマスコミが押し寄せてくるようでは困りますから・・・。
今日、女優の南田洋子さんが亡くなりました。享年76歳。よくよく介護には縁の深い方だったようです。
南田洋子さん自身が認知症を発症、事実上の芸能界引退状態であったことを告白し、その後もテレビなどで妻の認知症について語る夫・長門裕之氏に対しては、賛否両論があっったようですが、認知症の老親を抱え、その実体験を踏まえながら介護について語る私としては、お二人に対し、「ありがとう。お疲れ様、これからは、自分たちの時間を持ってください」と言いたいですね。
お二人を見て思い出すのは、いつも8mmカメラを回していたこと。二人の人生には穏やかな時ばかりではなかったようですが、それでもなお、最後までおしどり夫婦を演じてこられましたよね。
南田洋子さん、あなたは最後まで役者でした。認知症を患い、ほとんど自我を失っている姿を晒し続けただけでなく、亡くなる直前には、驚異的な回復を見せ、そして、あっという間に旅立ってしまいました。
認知症になっても、(本人は)明るい笑顔を見せることはできる、あれだけ重症になっても、(それなりの)感情や意志は持っているということを伝えてくれました。
そして、回復する可能性も感じさせてくれたし、最後はあっけなく逝ってしまったことで、植物人間状態になる辛さは見せなかった・・・。
長門裕之さん、あなたも素晴らしい名優です。妻とともに介護の悲惨さをあまり感じさせず、大事な家族の認知症と正面切って対峙する姿を人々に見せたことに拍手を送らせていただきます。
世間的には「お金があるから、(在宅)介護できるんだ」、「認知症の妻を晒して、金を稼ぐなんて」などの批難もあるようですが、「認知症介護の実例」の一つとして、下の世話やその他の介護についても、感情を抑えて献身的に行う姿を見せたり、介護を手伝ってくれるヘルパーに対して「幼児言葉での呼びかけは駄目」と伝えたことなども披露してくれたことは良かったと思います。
あなたたちのおかげで、世間に“認知症”の現実を伝えることができたと思います。そして、先日の映像では介護家族には「好転する可能性」も見せてくれました。
南田洋子さん、天国で再び名女優として活躍してください。
長門裕之さん、介護から解放されてご苦労さまでした。これからも、現実社会で名優を続けてください。
ありがとうございました。
(本記事中の写真は限定公開です)
実家は昭和40年に父が購入した首都圏の外れにある建売住宅です。その後、昭和50年代に数度の(その場しのぎの)増築を重ねているため、動線も悪く、いずれ私の代になったら引き払うつもりで、その後は補修程度でリフォームなどは一切していませんでした。
何しろ、私の本業は情報通信技術系のフリーライターですから、生活の時間も不規則ですし、都心に出るまで2時間近く掛かる実家で暮らすことは仕事にも差し支えます。私が所帯を持ってからも実家に戻ることは考えず、そのまま都内の賃貸マンション暮らしをしていたのです。
その後、10年前に父が心筋梗塞で倒れたことで、都心よりは実家に近い埼玉県K市に転居したのですが、老人介護という面から考えるなら、せめてこの頃にバリアフリー改修や転居をさせていれば良かったのかもしれません。
しかし、「今さら引っ越したくはないし、住み慣れた家の方がいい」という言葉に甘え、そのままにしていたことが失敗でした。
認知症の進行する父のことを考えれば、今さら改修することもできなくなったのです。何しろ、住環境が変わることは、認知症をさらに進行させる可能性もありますし、帰宅願望や不穏に繋がるからです。
かといって、介護のために二世帯同居することもできず、自宅と実家の二重生活が始まり、その後、自宅では義父母を引き取ることになったために、完全に「ダブル介護」生活になってしまいました。
さて、前置きはともかく、実家での在宅介護のため、週に一度しか帰宅できない生活が続いてますが、帰宅日の11日、その事件は起きたそうです。
私が帰宅した後で、母が二度も転倒したというのです。
何しろ、昭和40年頃の建て売り住宅ですから、バリアフリーなどという概念もありませんし、さらに、過去に行った「その場しのぎの増築や改修」により、実家には様々な段差があります。母はこれに躓き、転倒したのです。
転倒時に腹部を打ったらしく、肋骨あたりが痛いと言います。もしかすると、ヒビぐらい入っているかもしれませんが、幸い、母は(年齢の割に)骨密度も高く、大事に至ることはなかったようです。
これまでの数十年、母はもちろん、父も躓くことなどありませんでした。
しかし、考えてみれば二人とも80代半ば、これまで転ばなかった方が不思議なぐらいです。
もっとも、その後は眼底出血により片目が見えていないので、2階に上がることを禁止しましたが、家を改修することができないというのは困ったものです。
さすがに、我が家ほどバリアフリーとかけ離れた家は少ないとは思いますが、家を改修するなら、早めにやる方がいいですね。認知症が進行してから行うのだけは避けたいところですから。
というわけで、次の課題は「転倒予防」ということになりました。
2代目「見守りカメラ」を設置して約1ヶ月が過ぎましたが、父の屋内徘徊とそれに伴う問題行動はエスカレートする一方です。
屋内を徘徊するだけなら、放っておいてもいいのですが、目についた物はなんでも持ってきてしまうのが困ります。
しかも、モニター映像に気づいて直ぐに階下に降りていっても私の足音が聞こえただけで部屋に戻り、何食わぬ顔で誤魔化そうとするのです。これでも認知症だというのですから、手に負えません。
部屋に取り込んだ物を発見した時に注意しても、もう持ってきたことも忘れていますから間に合わないのです。
やはり、問題行動を起こしている最中に、即座に注意する必要があると思うのですが、そのためには常に側に付いていなければなりません。
そこで思いついたのは、インターホン作戦です。父の居室前の廊下、それも天井にインターホンを設置しました。父に気づかせないためです。
親機は、私の部屋に置きました。これなら、モニターで問題行動を見かけたときにすかさず声がけすることが可能です。
実際に試してみました。あまりキツく叱ると逆効果にもなりかねませんので、手を伸ばしたところで「そこ、触らないでねぇ~」と優しく呼びかけます。
この声がけは効果がありました。少し離れたところから声を掛けていると思うのか、(驚きもしませんが)スーッと離れ、居室に戻るようになりました。
インターホンには気づいていないらしく、探す様子もありません。
これなら、いちいち慌てて階下に降りていかなくても済みますね。
小さな工夫ですが、大成功です。
左足を「大腿骨頸部骨折」した義父の「身障者手帳」の変更手続きをしました。
通常、障害の度合いが変わった場合でも、原因となった疾病・傷病から6ヶ月経過しなければ、変更申請は受け付けられないのですが、以前、父が心筋梗塞でバイパス手術を受けた際、「障害に関わる手術を受けた場合は、6ヶ月間の猶予期間は必要ない」という話を聞いていたので、
「人工骨頭置換術」を受けたことが該当すると判断し、申請することにしました。
この「猶予期間が不要」ということを知らない医師も少なくないので、該当する人は自治体に確認した方がいいですね。今回、診断書を依頼した医師も、わかっていなかったので、それを説明して書いて貰いました。
以前の判定は、「4級、第2種」、障害名は「脳梗塞,疾病による右下肢機能障害」でしたが、これに今回骨折した「左下肢機wx能障害」により歩行はかなり困難になっています。車いす状態が認められれば「第1種」となる可能性はありますし、少なくとも両下肢の障害ということで複合扱いになれば3級にはなるはずです。
「4級」と「3級」で受けられる福祉サービスにどれだけ違いがあるのか、あらためて調べてみたのですが、基本的にはほとんど違いはありません。それどころか、手続きのために書いてもらう医師の診断書に1万数千円の費用がかかります。
ということは、敢えて変更申請する意味はない?
しかし、当市の場合、診断書作成費の一部を補助される上、3級以上と判定されれば(いくつかの条件を満たせば)「在宅身障者手当」(3,000円/月)が貰えるというので申請することにしました。(もっとも、判定で現状通りなら赤字ですが・・・)
申請から1ヶ月ほどで「身体障害者手帳交付通知書」が到着。早速、確認してみると、私の予想通り「3級、第2種」、障害名は「脳梗塞,疾病,大腿骨頸部骨折による右下肢機能障害,左股関節人工骨頭(関節)置換」となっています。
それと、うっかりしていたのですが、我が家で利用している生協「pal★system」には障害者割引制度があったので、これも手続きしておきました。
昨日は久々の台風上陸でした。当地への直撃はなかったし、地形的に水害や土砂崩れなどの被害に遭うことはないので、あまり心配はないのですが、気に掛かるのは強風と大雨でした。
父にとっては3日ぶりのデイサービス通所日なので休ませるつもりはありませんでしたが、首都圏では強風により交通網が寸断されていたこともあり、送迎時間の変更などがあるかもしれないと考えていたからです。
しかし、当地では前日から降り続いていた雨は夜半に強かったものの、明け方には小降りになり、風はほとんどなく、時折差し込む強い陽射しに、台風が近づいていることを忘れそうな朝を迎えました。これなら、送迎の心配はなさそうだとホッとしたのもつかの間、ちょうど朝のお迎えの頃に強い風が吹いてきたのです。
幸い、まだ危険だというほどではなかったし、無事に送り出して一安心。帰宅時間頃には台風一過でまったく問題もなく、一日が終わりました。
しかし、我が家のケースは恵まれている方なんですね。
mixiの「デイサービスのお仕事」コミュニティに書き込まれた「台風対策どうしますか?」トピックによれば、早々に臨時休業を決める施設も少なくないようです。
言い分としては、職員や利用者の安全を守るためだそうですが、朝の時点で暴風警報が出ている場合はデイサービス自体を臨時休業したり、送迎を中止するというのには驚きました。
崖下や河川の側にあるなど、施設自体に災害のリスクがある施設であれば、やむを得ないかもしれませんが、そうでないのなら、送迎時刻を変更してでも対応すべきでしょう。そもそも、風雨が強いのは数時間だけですし、送迎さえ可能なら、あとは屋内でのサービスなのですから、問題はないはずです。
それに、家族が在宅している家庭ならともかく、介助を受ける必要のある利用者を、当日になって受け入れ拒否するというのは問題があると思います。
そもそも、入所施設であれば、台風だろうが大雪だろうが休業することなどありませんよね。他の客員輸送事業もダイヤの乱れや一時的な運休はあっても、休業にすることなど考えられません。輸送機関に限らず、他のほとんどの業種は休まず営業するのが当然だと思うのですが、介護業界は特別なのでしょうか?
とはいえ、それが現実である以上、デイサービスやデイケアなどの通所介護サービスを選ぶとき、休日の設定や天候不良時の対応などもよく調べなければ駄目だということですね。
一昨日から所用と義父母の介護で自宅に戻っていたのですが、私が不在だと父の不穏さは一段と激しくなるようです。
私が不在の時はなるべくデイサービスに行かせるよう采配していたのですが、昨日は迎えの車が来た段階で母に「お世話になりました」と挨拶したそうで、母もデイサービス職員も「おや?」と思っていたようです。
自宅での用事を済ませ、父がデイサービスから帰宅する前に実家に到着、見守り体制を整えました。
やがて、帰宅した父にいつものように「お帰り」と声を掛けると、笑顔で「お世話になります」と返事します。
こりゃ、どうも怪しい・・・。
実は、このところ、帰宅願望が頻発しています。週に4~5日は夕刻になると「そろそろ帰ろうと思うんだが・・・」と言い出すんですよね。
つい先日も、帰宅願望が現れたので、本人に尋ねてみました。
私「此処は何処?」、父「家だ」、私「誰の家?」、父「おまえたちの家だ」、私「私は誰?」、父「わかってるよ」、私「名前は?」、父「名前は忘れたが、判ってる」、私「では、あなたと私の関係は?」、父「息子のようなものだ」です。
つまり、私が非常に親しい人間であることまでは認識できても、実の息子であることも、そこが自分自身の家であることも理解できないのです。
話を昨日に戻しましょう。「お世話になります」と笑顔で語る父に、「どうした?自分の家でよそよそしいじゃないか」と(敢えて)笑い飛ばすと、「そう言ってくれるのは嬉しいが・・・」と曖昧な返事。こりゃ駄目だ!そこで早速お決まりの質問を・・・
私「此処は何処?」、父「家だ」、私「誰の家?」、父「おまえたちの家だ」、私「私は誰?」、父「わかってるよ」、私「名前は?」、父「名前は忘れたが、判ってる」、私「では、あなたと私の関係は?」・・・
ここまでは前回と同じです。ところが返ってきた返事は「おまえか、おまえは俺の兄弟だ!」
息子から兄弟に昇格(?)してしまいました。(^^;)
とりあえず、笑い飛ばしながら、やんわりと否定し、息子であることを伝え、その場は終わりにしましたが、事件は夜に起こりました。
夕食も終わり、19時にはベッドに入った父。電灯も消し、テレビを見ていましたが、程なく眠りについたようです。
これで一安心と思っていた21時を過ぎた頃、私がちょっと「見守りカメラ」の映像から目を離した隙に、部屋、台所、廊下全ての電灯が点いていて、作務衣姿の父が母の部屋の前にいるのです。
母に「人を待たせているから、行かなくちゃならん」と言っています。玄関を見ると、閂以外の鍵は開けてあり、靴もキチンと揃え、出発準備は万端のようです。
母は、困惑しながら「もう夜だし、お出かけはしませんよ」と答えますが、当然のことながら父は納得しません。
「とりあえず部屋で話をしよう」と促し、母も一緒に父の部屋へ・・・。
場所を改め、とりあえず父の言い分を聞いてみました。どうやら、待たせている相手の家に先ほどまで一緒にいたが、自分は一度帰ってきてしまったということらしい。「待たせているから行かなくちゃならない」と真剣な顔で主張します。
最初のうちは「寝ぼけたんでしょ」と宥めたのですが、「いや、今まで会っていたんだ。待たせているんだ!」と青筋まで立てて言い張るのです。
それなら、話を肯定した上で明日に延ばす作戦をとろうとしているところに母が口を挟みかけます。母にはあらかじめ「部屋に行っても、全て私に任せて。口出ししないでね」と耳打ちしておいたのですが、我慢できなくなったようです。
しかし、これが困るのです。父は私に対して自分の主張が通らない時、「おまえじゃ話にならん」と言い、母と話をしようとします。母に対してなら、威圧することができるからです。
マズイと思った私は、すかさず「わかった、それなら出掛けよう。私も一緒について行くからね。着替えてくるから待ってて」と遮りました。どうせなら、実際に徘徊させて観察してみようと考えたのです。
自分の思いが遂げられると安心したのでしょう。父の言葉が穏やかになりました。「すまんな。頼むよ」
私は二階の自室に戻り、雨量情報をチェック、今は雨が上がっているし、30分程度は降りそうもないことを確認すると、外出できる体制を取り、玄関に向かいました。
父は既に自分自身で靴を履き、出掛ける準備は整っています。閂を解錠し、外に出ると、「(私は)場所を知らないから、教えてね」と言い、父の後ろから見守ることにしました。歩く速度は結構速いですね。徘徊の時には日頃とはまったく違い、速歩になるというのは知っていましたが、改めて確認させて貰うことができました。
歩きながら、待たせている相手について尋ねてみるのですが、今ひとつ要領を得ません。そんなことよりも、一刻も早く相手のもとに行くことが重要なようです。ということは、途中で疲れさせて家に連れ戻すという作戦は難しそうです。
やがて、三軒ほど先の交差点で突然止まり「さて、どっちだろう。こっちかな、あっちかな」と迷っています。
さぁ、そろそろいいタイミングでしょう。これ以上遠くまで行くと、疲れて帰宅が大変です。
そこで、「もう夜も遅いし、今夜は戻ろう。行かなければ(相手から)電話が掛かってくるよ」と言うと、「電話番号は伝えてないんだ」と言います。そこで、15秒ほど間をおいてから「(相手には)明日、行きますと電話しておいたよ」というと、「そうか、それなら安心だ。明日にするか」と納得し、素直に帰路についてくれました。(^^;)
帰路の足取りは、もはや速歩ではなく、いつもどおりの見るからに危なっかしい歩き方です。
家を出てから15分ほどの外出でしたが、さすがに疲れたらしく、ベッドに誘導すると素直に応じます。そして寝る間際に一言「明日、頼むな」と・・・。その後1時間ほどテレビを見ていたようですが、やがて眠りに落ち、夜中に目を覚ますこともなく、今朝まで熟睡していました。
それにしても、焦りましたよ。母のリアクションがなければ、「明日にするって電話しておいたから」の一言で納得させられたはずなのに・・・。天気も悪いので、あまり外には出したくなかったのですが、幸か不幸か雨が上がっていたので、徘徊に付き合うことにしたわけです。
今朝の起床は7時過ぎ。昨夜のことなどすっかり忘れている父でした。
今朝のニュースです。
「介護士、傷害容疑で逮捕…入所者殴られ骨折」
いやはや、呆れました。認知症利用者の言動に腹を立てたり愚痴をこぼす介護職が多いのは知っていましたが、実際に手を挙げる、それも手加減なしという行動は、介護職云々以前に、社会人として失格です。「札幌東署は1日、札幌市中央区北2東7、介護士安藤広道容疑者(25)を傷害容疑で逮捕した。
発表では、安藤容疑者は9月14日午前4時15分頃、同市東区東苗穂のグループホーム「満快のふる郷さくら東苗穂」で、男性入所者(84)の胸や腹を殴り、胸の骨を折るなど4週間の大けがを負わせた疑い。
同署幹部によると、当時、安藤容疑者は宿直中だった。調べに対し、「暴れて言うことを聞かないから腹が立った」と供述しているという。
安藤容疑者は男性に対し、「自分で転んだと言え」と指示し、事故報告書には「男性がベッドから落ちそうになり、支えた際に力が入って折れた」と、うその内容を記録していた。
女性看護師が、男性のけがの状態がひどいことを不審に思い、施設のかかりつけの医師に相談。医師が同署に通報した。(読売新聞 2009.10.1)」
以前、「「介護職」は“専門職”なんかじゃない!」という記事に「職場や上司についての愚痴ならまだ理解できます。しかし、利用者や介護家族の愚痴をこぼすのは誉められません。」と書きました。
実は、mixiの介護系コミュニティで、利用者や介護家族の言動に対する愚痴や不満を語っている介護職たちに、注意したばかりなのですが、この手の事件が起こる要因の一つが、介護職の意識です。
最初は愚痴程度かもしれませんが、その意識が強くなった結果が、この事件です。つまり、暴行事件を起こす可能性のある予備軍、“似非”介護士は、数多く存在しています。彼らをなんとかしない限り、この種の事件は後を絶たないでしょう。
今日は父のデイサービス通所日でした。
帰宅時、送迎の職員から「今日は、強い入浴拒否があり、いつもの誘導がことごとく失敗したのですが・・・」という報告がありました。
父の入浴拒否については、昨年上手な誘導法を発見したことで、まったく問題ないレベルで落ち着いていましたし、本日の通所先は、以前から入浴拒否を起こさなかった「A」デイサービスセンターです。
そんな拒否をするとはどういうことだろうかと詳しく経緯を尋ねたところ、いつもどおり声がけしたのですが、「足に(水虫)薬を塗りましょう」→「どこも悪くない」、「風呂の点検をしてください」→「他の人にやらせろ」、「一番風呂、いかがですが」→「いや、いい」という具合で、とりつく島もないのだとか。
しかし、日頃から頻繁に行っていた情報交換が活きました。父が「公文書に弱い」ことを利用したそうです。
こんな手紙を書き、渡したのだとか。
▲▲ 殿
■■省
■■大臣 △△ ▽▽「入浴法制定」について
先日、国会にて議決された「入浴法」について、
■■所属であった貴殿の新体制血について
下記のとおりお知らせいたします。貴殿の身体状況を考え、看護師より入浴の指示があった場合
は、すみやかに従い、入浴し、身体を清潔に保つこと。
以上
これを眺めた父を改めて誘導したところ、無事に入浴させることができたのだそうです。
大臣から、入浴について指示が出るなど、随分無茶苦茶な手紙に思わず笑ってしまいましたが、もちろん、それでいいんです。「“認知症”介護では、嘘も方便!」ですから・・・。(笑)
介護用品の価格、ご存じですか?
これは、私の手元にあった「介護用品」カタログの1ページです。
いやぁ、高いですね。車用グリップが12,600円ですか。カーアクセサリーショップに行けば、似たようなものは何種類も並んでいますが、せいぜい1,000円程度の物ばかりです。
もっと驚いたのが、マジックハンドです。10,290円ですか?
どう見ても同じ物にしか見えないのですが、違うのでしょうか?
ここに掲げたのは、極端な例ですが、介護用品の価格に惑わされてはいけませんね。
介護用品カタログを見て、役に立ちそうなものなら、類似の物を探す方が賢いですね。
酒井法子本人については、私も「いいんじゃ... read more
on 酒井法子事件で見えてきた介護職の勘違い・・・